次の日。
「ん?沙恵、今日は元気ねぇじゃん」
靖彦が顔を覗き込んでくる。
本当に心配していると言った感じの顔だ。
「ううん・・・何もないよ」
「何もないわけないだろ・・・どうしたんだよ?」
「どうもしないもんっ!」
「ちょっ!沙恵!」
私は靖彦から逃げ出した。

二話 幸せに潜む黒の闇

ガラッ。
「ねぇー。今日も寝てるの?」
・・・
相変わらず返事がない。
今日は本当に寝ているみたいだ。
もしかしたら、私が出ていこうとしたら昨日みたいに止めるかもしれない。
そう思った私は、保健室から出て行こうとした。
そしてドアに手を添えた。
しかし、呼び止めるあの大吾の声はなかった。
なぁんだ、つまんないのっ。
私はプクッと膨れて、寝ている大吾を見た。
・・・スヤスヤと寝息をたてている。
あの昨日の強気で素直じゃない大吾とは違い、
安らぎの中眠りについている。
そんな昨日と今日の違いが、何だか可愛い。
もう少し、大吾を見ていたい気もするがそれでは起きた時に
怒られるかもしれないので、とりあえず何かすることにした。
とは、言っても保健室じゃやることがない。
と、私が目をやったのはベッド。
・・・ふかふかで気持ち良さそう。よしッ、突撃っ!
そして、ベッドにどすんっと飛び乗った。
柔らかい布団が気持ち良い。
学校の中に、こんなふかふかしているモノがあることを何だか忘れていた。
だから、懐かしくて無我夢中に遊んでいた。


「・・・やっぱ馬鹿だろ?お前」
「わっ!」
急に声がしたから私はベッドから転げ落ちてしまった。
大吾は呆れた様子で私を見ていた。
「・・・もうこれは馬鹿じゃないな。救いようのないただの生物だ」
「なっ、何言ってんのよっ!」
「だってそうだろ。別に驚かせたわけじゃねーのに勝手にベッドから落ちるとか・・・
 もう笑えねぇよ。何か可愛そうになってきたぐらいだし」
「可愛そうって言うな!」
「はいはい・・・ふわぁー。よく寝た・・・」
大吾は欠伸を一つしてから、大きく伸びをした。
やっぱり大吾は大きい。
170cmぐらいあるんじゃないだろうか。
私は150cmちょうどだから・・・
うん、やっぱ170はあるな。靖彦と同じぐらいじゃん・・・
「さぁてと。で、何用?」
ワンパターンだ。
大吾は昨日も「何用?」で始めてきた。
「な、何用って・・・」
素直に言ってしまおうか。
いや、そしたらまた馬鹿にされるんじゃないか。
うーん、どうしよう・・・
悩んでいる私を見て大吾はますます呆れたみたいだ。
「お前何で保健室来たか分からねぇの?ホンット・・・呆れたぜ・・・」
「・・・・・・」
私は大吾をじっと見た。
本当に昨日「また来い」と言ったんだろうか。
何だか信じられない。
じっと見すぎたのか、大吾が「顔になんかついてる?」
と、ふざけた顔をしてきた。
その大吾の顔が面白かったから、私は噴出してしまった。
「あはははははは!!」
二人しか居ない、保健室に私の笑い声だけが響いた。
大吾は「何だよ」と呟くと、私につられて軽く笑った。
初めて大吾の笑った顔を見た。
大吾の笑った顔は幼くて可愛かった。
普段、ムスッとしている分笑うと可愛い。
大吾が立ち上がって、窓辺に向かった。
何をするのかなぁ、と楽しみになってじっと見ていたら
ただたんに窓を開けただけだった。
「空気の入れ替え。大切なんだぜ?」
そう言って、私を呆れさせた。
その時、少し冷たい風が大吾を直撃した。
あまり長くない大吾の髪が揺れる。
何だか・・・映画のシーンを見ているような気分だった。
大吾はよく見るとかなりかっこいい。
医者の子供だから、多分頭も良いんだろう。
ガッチりした体格から運動出来るような雰囲気を感じる。
・・・大吾は絵になる人だった。
黙って外を見ているだけなのに、私は何だか感動した。
そして、振り返った。
今までで一番真面目な顔だった。
ドキッとした。
大吾は他でもない、私だけをじっと見つめて


そしてこう言った。


「本当に来てくれたんだな・・・ありがとう」


一瞬耳を疑った。
大吾がそんなことを言うなんて信じられなかった。
「え・・・」
思わず困惑の思いが、口から漏れた。


大吾はまた言った。


「ありがとう。沙恵に会いたかった」


今度はハッキリと聞こえた。
急に私の胸の鼓動が早くなった。
急に「沙恵」と下の名前で呼ばれたことにも衝動はあったけど、
大吾がそんなことを言うことの方が、その衝動より遥かに勝っていた。
おだやかな静寂が辺りを包み込んだ。
その間も私と大吾は見つめ合っていた。
目をそらすことが出来なかった。
目をそらしたくなかった。
このまま大吾をじっと見ていたかった。
そして、段々と早くなる私の胸の鼓動。
このまま限界が来たら私は・・・


私は―――




キーンコーンカーンコーン・・・


チャイムが私の決心を掻き消した。
急に太陽が雲にかかった。
そして、私は急に正気に戻った。
でも、大吾の顔は相変わらず真面目で
目は私だけをとらえていた。


「また・・・」
大吾が小さく呟いた。
「また明日も来いよな。俺、ここにいるから・・・」
大吾の小さな声に
私は
「うん・・・」
としか言うことが出来なかった。
そして、保健室を出た。


私は何だかるんるん気分になっていた。
そして、教室に戻った。
ふと、後ろに気配を感じた。
不気味に思って、振り返ってみた。
しかし、誰も居なかった。


気のせいかな?
まっ、いっか。
私はまたるんるん気分で教室に向かった。
後ろに潜む靖彦の姿にも気付かずに。

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