圭吾と俺は目的もなくただただ布団の上で漫画を読みあさっていた。
「何かやる?」
「やるって何を?」
「それを考えるのも行動のうちの一つじゃね?」
「・・・つまんね」
話題はすぐ無くなってしまうのに、
ベランダから覗けるアスファルトの道の端に出来た、
小さな小さな水溜りは中々消えない。
「雨、いつまで降るって言ってた?」
今度は俺から訊いた。
「夕方ぐらいっつってたけど」
「ふーん」
午前3時半。
未だ雨は降り止もうとはしない。


上がりの方の


俺達は黙って漫画を読んでいた。
何回読んだか分からない。
しかし、他に暇を潰す方法も見当たらないので、
とりあえず漫画を見ながら考えることになっていた。
別に話し合って決めたのではない。
雨の日は、いつもこうである。
今や暗黙のルールなのである。


「なぁなぁ」
圭吾が漫画から目を離さず話しかけてきた。
「ん?」
俺も視線は変えず、返事を返す。
「雨だからこんなことやってんじゃねぇの?」
「はぁ?今更何言ってんだよ。晴れてたらサッカーやってるっつの」
「いや、そうじゃなくて」
「何が言いたいんだよ、お前・・・」
圭吾は時々変わったことを言う。
その時の前兆は決まって、わけの分からないことを切り出し始める。
今日もまた、圭吾が不思議なことを言うんだろう。
小さい頃は、意味が分からずほぼ無視していた俺だったが
段々と成長してきて、今になっては圭吾の不思議な台詞を
ボーッと考えるようになった。それがちょっとした日課にもなりつつある。
圭吾は本をパタンと閉じた。
そして、起き上がり外を見た。
「雨が降って、こうなんか湿気が高いっていうかウジウジするから
 俺達までウジウジしちゃうんじゃねぇの?」
「・・・」
「晴れてる日は全然部屋の中もカラッとしてるだろ?」
「・・・」
「おい。聞いてんのか・・・」
「・・・Zzz」
「何だ、寝てんのかよ・・・しゃーねぇなぁ」



ふと目が覚めた。
俺の体の上には赤い毛布がかけられていた。


圭吾がかけてくれたんだな・・・


そっと圭吾を見た。
圭吾も寝息をたてて、目をつむっている。
そんな圭吾を見てため息が出た。
これは、疲れや呆れのため息ではなく
あまりの幸せさ、安心さから生まれるため息だった。
ため息の先にある窓を見た。
そういえばいつの間にか音が止んでいた。
今5時半か・・・
圭吾の邪魔にならないように俺はそっとベランダに出た。
綺麗な空が舞っていた。
青すぎることもなく、夕日に照らされ赤みをおびているわけでもない。
水色のような、でも水色と云うには薄い。
白色のような、でも全く色がないわけじゃない。
そんな微妙な
かすかな空が好きだった。
しばらくずっとこの空を眺めていたかった。
雨上がりの夕方の時にだけ見ることの出来る、
どの色鉛筆にもカラーパレットにもないこの色。
そうだ。
カメラをおさめてこの空を俺だけのものにしよう。
そんな考えが頭にぼんやりと浮かんだ。
カメラと言っても、俺は別にカメラマンじゃない。
携帯を写真モードに切り替え、空にレンズを向けた。
そして、シャッターを切った。


カシャッ。


短いシャッター音と共に、
それまで動いていた携帯のディスプレイ画面の画像が止まり、
俺の携帯のレンズがとらえた映像が出てきた。
いや
出てくる筈だった。
しかし、ディスプレイ画面に映し出されたものは
俺の今見ている空とは全く別の色をした空だった。
今見ている角度も時間もほぼ同じなのに、
俺の目に映っている不思議な色の空と、
携帯画面にうつっているものは全く違うものに見えた。


「っんだよ、このポンコツ・・・!」
携帯に八つ当たりした。
しかし、携帯は音の一つも立てず、
抵抗の一つもせず、布団に沈んだ。


「携帯に八つ当たりとは、お前も変わってるな」
急に後ろから声がした。
「圭吾・・・起きてたんか」
「あぁ。ところで何撮ろうとしてたわけ?」
俺の横に移動しながら、圭吾が訊ねてきた。
「・・・別になんだっていいだろーがよ。大したもんじゃねーし」
「別に良いけどよ。つか、大したもんじゃねーなら隠す必要なくね?」
「・・・」
「ま、言いたくねーんなら別に良いけどっ」


圭吾は俺に背をプイッと向けた。


しばらく考えた。


圭吾は信じてくれるだろうか?


普段から不思議なこと言ったりやったりしている圭吾が


空を携帯の写真モードで撮ったと言っても何ら問題は生じないだろう。


しかしだ。


普段からクール気取って、理屈っぽいことには興味がなくて、


ただただ遊んで何も考えていない俺が空を撮ったなんて・・・


きっと圭吾は笑うんだろうな・・・


そこまで考えると俺の頭は『考える』という動作を終了した。
「空・・・綺麗だな」
圭吾がボソッと呟いた。
あまりにも小さく呟いたから思わず「えっ?」と聞き返しそうになった。
しかし、圭吾の表情があまりにも真剣だった為、
俺はそれを言うのをためらった。
それから圭吾は黙って、じっと不思議な色の空を見た。
そんな圭吾を見ていると、段々と思ってきた。


俺の気持ち、コイツなら分かってくれるんじゃないか―――


思った時に、既に口は動いていた。
「空・・・」
「え?」
「空・・・撮ったんだ。この空を撮りたかったから」
言ってから、胸がすっと軽くなったような気がした。
ますます空の色が変わったように見えた。
圭吾は優しく笑うと
「そっか」
と、短い返事を返した。


そして、切り出した。


「俺もこの空の色、大好きなんだ」


「そうか・・・」


「今度あの辺り散歩しに行かね?」


「あの辺りってどの辺りだよ」


「ホラ、あの水色でもない白色でもない、あそこの・・・ほら・・・」


「ククククク・・・」


「何が面白ぇーんだよ」


「いや、何も。


 面白ぇじゃねぇか。あそこでサッカーしようぜ」


「おっ、良いねぇー。じゃあPKな?」


「俺、キーパー嫌だぞ」


「俺がやってやるって!じゃあゴールは何処にする?」


「ほら、あそこの水色っぽいけど白色っぽくもある・・・あそこの・・・」


「あぁ、分かった。じゃあ明日の一時、キックオフな」


「おぅ。じゃあ」


「あぁ。また明日。空で会おうぜ」

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