の思い出

夏が来た。
僕達はいつものように最寄の公園に向かった。
暑い日差しが照りつける中、
二つの影が走り回る。
この公園に木陰はない。
遊具もない。
そんな小さくて面白みのない公園。
僕達にとってその公園はもう一つの家だった。
もうすぐ小学生になる―――
その期待に胸を膨らませて、
ただただ毎日を面白おかしく過ごしていた。
何も知らないまま時間だけを使った。
「茜ちゃん!こっちにおいでよ!」
僕が青いスコップで地面を掘っていると、
小さい虫が出てきた。
虫からするといい迷惑かもしれないが、
僕達にとっては最高の遊び相手だ。
「あ、虫だ!」
短いけど、驚いたとハッキリと感じることの出来るリアクション。
目を丸くして虫を見る。
額から汗を流してじっと虫を見る。
「茜ちゃん、この虫持ってみてよ」
僕が突然言い出した。
「やだぁ。だってぇ、だってぇ。あたし虫触れないもん」
「じゃあ僕が持ったら持てるよね?」
「え?」
「だって弱虫の僕が持てるんだもん、
 茜ちゃんが持てない筈ないじゃん。
 ね、ホラ」
僕がその虫をスコップで優しくすくいあげた。
そして、指でつんつんと軽く触った。
やぁっと小さい叫びを上げた茜も、
僕がずっと触っているのを見ているうちに、
もしかしたら大丈夫なのかな?
と、思い始めたみたいだ。
細くて少し焼けた右腕をそろそろと上げた。
僕は茜の前に強引に持っていくのではなく、
茜が触るのをじっと待った。
そして、茜が一瞬そっと触った。
「あっ」
ビクビクしながら自分の触った人差し指を見る。
「ね、大丈夫でしょ。虫なんて可愛いもんなんだよ」
「そだね。よしよし」
結局その日、
僕達はその虫でずっと遊んでいた。


次の日。


「え?おひっこし?」
いつものように公園で遊んでいたら
茜が急にこの話を切り出した。
「うん。茜ね、お父さんが言ってたの。今日おひっこしするんだって」
「ふーん。そうなんだぁ」
「・・・」
茜がいやーな目つきで僕を見てきた。
「な、何?」
「おひっこしの言葉の意味、知らないでしょ」
「えっ!しっ、知ってるよ!おひっこしってあれでしょ!」
「あれって何?あたしにも分かるように分かりやすく説明して」
「・・・あの・・・テレビでやってるやつ」
「何それ。全然違うじゃない」
「・・・ごめん。嘘ついちゃった。分からない・・・」
「そうでしょそうでしょ。ヒロたん、悪い子ねぇ」
わざと怒った様子で僕に見せた。
「ごめんよぉ・・・ごめんよぉ・・・」
「・・・うふふ。嘘よ。ヒロたん、良い子良い子」
そう言って笑いながら僕の頭を撫でた。
茜の手からはふんわりと土の香りがした。
僕はそんな茜の手を拒まず、
素直に良い子良い子してもらった。
優しく触れたその茜の手が
あまりにも切なくて
何だか僕は泣きそうになってしまった。
でも、一生懸命泣かないように耐えた。
ここで泣いたら茜ちゃんに馬鹿されちゃう。
そう思ってぐっとこらえた。
でも、そのこらえていた引き金が、
茜の一言によってあっさり引かれた。
「・・・っていうことなんだよ。分かった?」
「えぇ!?じゃあもう僕達あえな゛ぐなるの゛・・・!?」
鼻水が出てきて上手く話せなくなってきた。
「うん・・・泣かないで。ヒロたん。ねぇ、おねが・・・」


「うわぁぁぁぁぁぁんっっっっっっ!!!」


そして僕は大声で泣いた。
茜が家に帰らなくちゃいけない時間になるまでずっと泣いていた。
茜は自分の腕とは不釣合いな大きな腕時計を見て、
「ごめんね。ヒロたん。もうあたし行かなくちゃ」
と言い、去ろうした。
茜が僕に背中を向けた。
そして歩き始めた。
路地に向かって歩き始めた。
僕はますます大きな声で泣いた。
そして、走った。
茜の元へ走った。


「あがねちゃぁん!!!待っでぇ!!!」
ひたすら僕は走った。
そして、茜のすぐ後ろでひざまずき、後ろから抱いた。
「行かないでぇ!!!行かないでぇ!!!茜ちゃん、行かないでぇ!!!」
茜は僕の方を向いて、頭を撫でて
「泣いちゃ駄目だよ、ヒロくん・・・」
と、涙ながらにつぶやいた。


その一言が


あまりにも切なくて

あまりにも儚くて


あまりにも優しくて


僕はもっと強い力で抱き締めた。
「行かないでぇ!!行かないでぇ!!!!」
そうやってずっと泣いていたところ、
僕のお母さんが何事だと駆けつけて、
僕を抱え寄せた。
「ごめんね、茜ちゃん。この子ったらホントに・・・」
「うぅん、茜が悪いからいいの・・・」
「そんな茜ちゃんは全然悪くなんか・・・」


「やめてよ!おがあ゛ざん!!!やめてよ!!!」
母の腕の中で必死にもがいた。
「離してよ゛!!!離してよぉぉぉぉ〜〜!!!」
「ごめん。この子ったらぐずいちゃうから・・・
 ほら、茜ちゃん。約束のお時間でしょ?
 早くお母さんたちの所へ行かないと心配しちゃうよ?」
「・・・」
茜はそっと腕時計を見た。
約束の時間から5分過ぎていた。
僕のせいで。


僕が泣き崩れたせいで。


「じゃあね・・・ヒロたん・・・」
「ほら、宏太。最後にばいばいって・・・」
「待ってぇ!茜ちゃん!!あがねちゃん!!!」
腕を伸ばした。
届く筈のない茜に腕を伸ばした。


しかし、茜は僕を優しく受け止めず


後ろを向いて全力で走り出した。


「あがねちゃぁぁぁん!!!!!!!!!」


大声で泣く僕を背に、





また、彼女も泣きながら・・・

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