「ふー。今日も疲れた疲れたっと・・・」
俺は帰ってくるなり玄関でユニフォームを脱ぎ捨て、パンツ一丁になった。
そして、ユニフォームを洗濯機の中に入れ、部屋へ戻った。
「携帯携帯・・・」
ベッドの上に無造作に転がっていた携帯を手にとり、文章を打ち始めた。
数分後、彼女の加奈専用の着メロが部屋の片隅から小さく流れた。
俺は素早く手にとり、携帯のディスプレイ画面を見た。
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そっか。
今日も負けちゃったんだ。
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壊れてもいいから君に聞かせたい言葉



俺は学校の野球部に所属している。
とは、言っても別にそんなテレビでやってるような練習風景は何処にもなくて
大の野球好きだったマネージャーさえも辞めて、ソフト部にうつってしまった。
そんな酷い野球部。別にこれは俺達の代から始まった歴史というわけではない。
俺達が入学してきた当初から野球部というのは評判が悪かった。
授業中はサボって体育館裏で煙草を吸っている連中、俗に言う不良が集っている部だった。
顧問も酷かった。まともにノックも打てないし、ボールも全然遠くへ飛ばせない。
投げるのだって、全然駄目。更に、練習に来ず職員室のパソコンで
インターネット将棋をして楽しんでいる。そんな最悪の顧問。
試合なんて全くなかった。それもその筈、うちの学校の野球部は試合中でも平気で喧嘩する。
審判にバットを放り投げたり、ピッチャーを試合後ボコボコにしたり。
そんなこんなで試合なんて全くなかった。公式戦エントリーを断られたこともある。
そんな廃部にもなりかねない状況を救ってくれたのが、新担任だった。
旧担任は定年退職して、廃部かという噂が持ち上がったとき新しい、今の顧問がやってきた。
その顧問は来るなりそうそう挨拶で「野球部をびしばししごく」と言い張った。
そのいかにも強気な発言に俺の心は高鳴った。
そして、その日の部活の練習では「お前、野球好きか」と呼び出していきなり聞かれ
はい、と答えたところ「じゃあお前来年キャプテンやれ。強くなるぞ」と言った。
俺は興奮しっぱなしだった。興奮しすぎてチャック閉めるの忘れてた。
新しい風。固まってきたポジション。そして、口だけではあるがキャプテン指名。
野球部、いや学校自体が強気になってきた。
しかし、不良はそれ以上に強気だった。
その顧問は生活指導だしかなり厳しいのだが、負けずに反発する。
まぁ反抗期ということもあるのだろうだが平気で殴ったりする。
新顧問も最初こそ威張っていたものの、段々と頭が下がり始めた。
不良が集まる部、野球部でも偉そうな態度はほとんどとらなくなっていた。
練習も不良が乗っ取って、勝手にバッティング練習したりしている。
先生はそれをとめない。
そんな先生に真面目な部員は呆れ始めた。
そして、才能のある奴も含めほとんどの奴が辞めた。
マネージャーも辞めた。
そのマネージャーというのは俺の彼女の加奈だ。
野球が好きで好きでたまらないという俺の自慢の彼女だったのに
「もうこんな野球部、居たって一緒よ」
と一言言い放って、野球部を去った。
別に別れてはいないが、それ以来少し気まずくなったような気がする。

そして、俺達は三年になった。
俺は試合で負けては加奈に「負けたよ」とメールを送っていた。
一度も「勝ったよ」と送ったことはなかった。
不良達は相変わらず邪魔をしている。
俺は約束通りキャプテンになった。しかし、全く嬉しくなかった。
指示しても無視され、パシらされ
キャプテンに一体何の特権があると言えよう?
しかし、そんな俺にも野球部内で一つだけ嬉しいことがあった。
後輩の存在だった。
後輩は常に俺に優しく話しかけてくれた。
「キャプテーン!キャッチボールしましょうよ!」
「キャプテン!どっちがあそこまで走れるか勝負!」
本当に楽しかった。
幼さがまたたまらなく可愛かった。
そんな後輩の為にもと更に思いを強めた俺はますます練習に励んだ。
しかし、それは良い結果だけをもたらすという形にはならなかった。

ある試合のことだった。
「北村ー!ストライク投げろ!俺達が守ってやる!」
後輩や、同級生部員達の声が聞こえてくる。
俺は真夏の燃えるような太陽の下、マウンドに立っていた。
ボールを握り締めた。しかし、俺の右腕はとうに悲鳴をあげていた。

次の瞬間
「ボーク!

ボークというのはピッチャーが投げるフリをして、ボールを投げないこと。簡単に言うとズル。
俺はボークをとられた。
右腕が上がらなくなっていたのだ。
かけよる部員達。
「大丈夫大丈夫・・・」
俺は部員にかすれた声で言った。
しかし、かけよってきた先生がすぐに病院にいくことを薦め、
試合後すぐに俺は病院に向かった。

診断の結果は酷かった。
1ヶ月投球練習禁止(ボールを力いっぱい投げる練習のこと)
これはピッチャーにとっては致命傷だ。
俺はかなり落ち込んだ。
期待していた後輩や、部員。そして、俺の彼女の加奈。
そんなみんなの期待を裏切る形となってしまった。
三年最後の公式戦まで後1ヶ月。
俺の野球人生は終わったかのように見えた。

けど、俺は諦めなかった。

と、いうより諦めきれなかった。
原因は練習のしすぎだった。
練習の妨げになる不良、そしてみんなからの期待。
それがプレッシャーとなって、練習に熱を入れすぎる結果となってしまった。
でも、俺は練習をサボったり野球を辞めたりはしなかった。
ただ、ひたすら頑張った。
たかが中学の軟式野球かもしれないけど
俺には俺のそんなちっぽけなモノの為に一緒に笑ったり泣いたり励ましあったりした人が居る。
そんな人の為に俺はドクターストップがなんだと気合いを入れなおし、練習に励んだ。
元々、俺はそんなに体が強くなかった。病弱というか虚弱というか・・・
力もそんなに強くなかった。だから、今回のような大きい怪我をしたのかもしれない。
でもそれがどうした?今は関係ない。
最初の一週間はひたすら走った。陸上部並に走った。スピードは相撲部並というところがちと痛い。
次の週からは、監督にも止められたが聞かずボールを投げ始めた。
軽く投げただけだったのに肩に激痛が走った。でも、俺は辞めなかった。
病院に毎日通っていた。毎日電気やらマッサージやらされた。
それもこれも最後の試合の為に。
最後の試合に勝って、加奈に勝ったと言う為に。

そして、大会当日。
「行ってきまーす」
今までとは違う気合いの入れ方をして、静かに玄関を出た。
俺には今までにない決意を抱いていた。
仮え、この右肩が壊れてしまっても俺はボールが届く限りキャッチャーに投げ続ける。
それをずっと頭の中で自分自身に言い聞かせていた。

そして試合が始まった。

最終回。2アウト満塁。バッターは、高校のスカウトを多々受けているという噂のおっさんみたいな4番。
点差は1点差。もし、ここで打たれたらおしまいだ。
俺は朝、家を出てから病院に向かった。
そして、少しでも痛みを和らげるためのテーピングを肩にしてもらった。
それでもやはりボールを投げると少し痛んだ。
今はそれどころじゃない。右肩に感覚がない。テーピングの存在があるかどうかさえ確認出来ない。
一人で投げてきたマウンド。勝利の為に投げ込んできたマウンド。
そのマウンドの上でゆっくりと深呼吸をした。
相手チームが野次を飛ばしてくる。
でも、痛みのあまりそんな野次さえも耳に入ってこない。
足はボロボロ。肩はもう次の球を投げたら多分壊れると思う。
でも
そんな事どうだっていい。
一年と二年の時一緒に夢を見て、
けど不良に邪魔されて自分のやりたかったマネージャーさえも辞めた
そんな哀れな愛おしい加奈の為なら
そんなくだらないこと
どうだっていい。
深呼吸を終え、バッターを睨んだ。
これで沈めてやる・・・
そして、俺はボールを投げようとした。
肩が痛んだ。疲れた足がもつれそうになった。
でも、俺は耐えた。そして、投げた。
カァァン!!
打球はピンポン球のように飛んでいった。
センターが走る。いつも俺の傍にいてくれた後輩だ。
「とれーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
大声で叫んだ。
そして、マウンドに倒れこんだ。
かすかな音が打球の落下地点周辺でもれた。
審判がかけよる。
捕ったのか、落としたのか
勝ちか、負けか。



「アウトォォォォーーー!ゲームセット!!!」
「うぉわぁ!!!勝ったぁーーーっ!!!」
一斉に跳ねて喜ぶ部員達。
「は・・・はは・・・勝っ・・・たぞ・・・」
意識が朦朧としながらもマウンドで小さく呟いた。



「お帰りー!ねぇ試合の結果・・・って聞いてるのー!?」
母が泥だらけで帰ってきた俺に訊いた。
俺は無視して、二階に上がった。
携帯を開いた。メールを打った。
短い短い必要最低限の文字だけを打ち込んだ今までで一番短いメールを送った。
数分後
いつものように返事が返ってきた。
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嘘!?勝ったの!?
おめでとう!!!
ホントのホントにおめでとう!
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祝福のメールが来た。
その時気付いた。


あぁ、俺


やっと勝ったんだな・・・

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