まだ卒業は一ヶ月もあるのに、世間はもう卒業の歌に酔ってたりする。
俺は別に中学校に思いいれがある訳じゃないから、卒業が何?って感じ。
友達と別れるのが嫌とか言う人も大勢いるけど、
俺には友達と呼べる人が居たのかどうかさえ分からない。だから、卒業が何とも思わない。
だからといって、別に俺は友達の居ない可愛そうな奴でもなかった。
常に人の周りにいるようにはしたし、人も時々ではあるけれど寄ってきた。
きっとみんな一人ぼっちになるのがとても怖いんだろう。
一人ぼっちになって、冷たい目で見られて、余り物扱いされるのが堪らなく怖いんだろう。
でも俺はちっとも怖くなんかない。
何故なら、俺は最初から一人ぼっちだったんだから。


桜が満開になる前に


「残りの授業も少なくなってきましたねー。皆さん、もう卒業ですもんね・・・」
「先生何思い出ふけってんだよーっ!らしくねーじゃん!」
クラスメートが担任の教師を玩具にして遊んでいたとき、
俺はいつものように黙ってそのくだらないありふれた光景をボーッと見ていた。
見ていて楽しくなんかなかった。けど、不愉快というわけでもなかった。
だから、俺はただただその光景を見つめていた。冷たい光を失った瞳で。
「それでは、皆さんさよーならー。明日の授業も遅刻しないで下さいねー。」
授業終了のチャイムが校内に響き、生徒が一斉に帰ろうとするところを
先生が大声をあげてそう言った。誰も聞いてはいなかった。
担任は若い。若い女の先生だ。俺達が入学するのと同時に赴任した新米教師だ。
だからといって、別に授業が分かりにくいというわけではない。
別に嫌味ったらしい部分があるわけじゃない。
どちらかというと、人に嫌われないようにニコニコ微笑んで、
生徒に対しては熱いモノを送る・・・そんな先生だった。
俺はそんな担任が嫌いだった。見ているだけでも疲れた。
何故微笑んでいるのか分からなかった。
中学生なんて一番無意味に反抗する時期だ。
そんな中学生に微笑んで一体何になる?別に得るものなんて何もないのに。
「あ、水嶋君。ちょっと生徒指導室に来て。」
担任が俺を呼んだ。俺は特に用事もなかったが、話すのが嫌だったので
「はぁ。今日、用事あるんですけど。」
と、言って断ろうとした。だが、今日は担任もしつこく
「すぐ終わるから!」
そう言って姿を消した。
俺は渋々生徒指導室に向かった。
「水嶋のやつ、また呼び出しくらってるぜ」
「何かアイツ暗いもんなー。最近、暗すぎて怖ぇし」
「もっと周りのこと気にしろっつーんだよなー。ホント嫌な奴だよ」
俺の後ろで数人の生徒が俺に悪口を言っている。
こざかしい。何故俺の聞こえるような場所で話す?
俺は足を止め、パッと後ろを振り向いた。
その生徒達は俺から視線をそらし、不自然に話し出した。
俺はそれを見て何故逃げるのかという事も疑問に思ったが、
いちいち相手をしてやるのも面倒だったので結局生徒指導室へ向かった。
俺が歩き出すとまたその生徒達は悪口を言っていた。


「失礼します。」
「あ、水嶋君。そこに座って」
担任はニコニコしながら席を勧めた。
「早く終わるんだったら別に立ったまんまでもいいじゃないですか」
俺は相変わらず愛想なく担任を突き放そうとした。
少し顔はムッとした様子だったが、気を取り直して
「ずっと立ってたらしんどいでしょ?それに立ってたら落ち着いて話も出来ないじゃない」
少し唇をひきつらせながらそう言った。
俺は、わざとかったるそうに椅子に座った。
何なのその態度、早く出ていきなさい。
そう言われて、早く帰りたかった。早くこの状況から抜け出したかった。
担任の口からもその言葉が喉まできているような感じだった。
しかし、教師のプライドという何の役にも立たない表っつらだけのモノがそれを止めた。
「あのねぇ、水嶋君。君、最近元気ないんじゃない?」
またこの話題か。
「クラスの子とも全然喋ってないみたいだし・・・」
くだらない。
「お母様に訊いてみたら、家でもあんまり喋ってないそうじゃない。ねぇ・・・何かあったの?」
顔を覗き込んできた。俺はサッと視線を変えた。
「いえ。別に悩みなんてないですよ。」
「本当?じゃあ何で急にそんなに変わったの?」
「知りませんよ。自分自身では前と変わらないようにしてるつもりですが」
「そんな・・・前の水嶋君はクラスの行事にも積極的で明るくて・・・」
この台詞にとうとう俺の理性が暴走するのを止めていた螺子が外れた。
「前の僕って何ですか」
いきなり俺が大きめの声で話しを割ったことに、担任はかなり動揺していた。
「だ・・・だから・・・」
それでも何とか俺を押さえ込もうとする。俺は怯える教師にきつい口調で続けた。
「前の僕って何ですか。先生は前の僕の何を知ってるんですか。
 俺だけじゃない。クラスの事の何を知ってるっていうんですか。
 Aがまたいじめられてんの知ってますか?Bの上靴なくなったの知ってますか?
 そんな何も知らないアンタに俺の昔の事なんか話されたくないですね。
 知らないでしょ?誰もアンタなんか頼りにしてない証拠ですよ。
 Aがいじめられたのならば学年集会を開き、Bの靴が無くなったのならそれを捜す。
 先生の単純な頭じゃそうしか考えられないでしょう?ほんっと呆れますよ。
 例えば誰かがいじめられたのならば、徹底的に犯人を探し出して殴ってやりゃあいいんですよ。
 靴がなくなった場合も同じ。犯人捜してボコボコにしてやりゃあいいんですよ。」
そこまで言うと担任はとうとう怒った。
「な、何言ってるの水嶋君!そ、そりゃ私の力不足な部分もあります!でも・・・!」
「力不足な部分があるんじゃないんですよ、先生。アンタの力不足が全てだ。
 ・・・話しはそれだけですよね。では失礼します」
「み、水嶋く・・・!」
ガタァン!
ドアは激しい音を立てて閉まった。


今日の夕焼けは一段と綺麗だった。
俺はいつものように川を見つめていた。
魚なんて居ない。別に汚れている訳でもないんだけど。
「正也ー!そろそろ帰るわよー!」
川で遊んでいる子供の母らしき人が呼んだ。
子供は大きな返事を返し、川から抜け出し、友達に別れを告げ、
足をふき、靴下を履いて、靴を履いて、母の後追った。
俺はその親子をじっと見ていた。
俺も昔あんな無邪気だったんだろうか。俺も昔あんな風に笑えたんだろうか。
親子は手を繋いだ。そして、子供が母の腕を揺らしながら歩き出した。
素直に可愛いと思う。幼い優しさが堪らなく可愛いと思う。
俺に幼い優しさというものはあったんだろうか?
今の俺から誰かそれを感じとることが出来るだろうか?
・・・きっと出来ないだろう。
俺は何故か早く大人になろうとしている。早く子供から抜け出そうとしている。
俺は何故か大人のフリをしている。ガキっぽくならないように振舞っている。
何の
何の意味もないのに。
俺はもうあの頃には戻れない事は分かっていた。
あんな無邪気に笑って毎日をただおかしく面白く過ごすことは出来ない事を分かっていた。
でも体が言う事を聞かなかった。
俺の足は自然と川へ向かって行った。
そして、靴下を脱いだ。足を川へ入れてみた。
「・・・っ。」
冷たかった。心地良い冷たさだった。
俺は足だけ入れて、ペタンと石の上に腰を据えた。
ため息をついた。幼い頃はつかなかったため息をついた。
ため息の先には夕焼けの日に照らされた、美しい桜の木があった。
その桜の木からも、幼い優しさを感じた。
まだ満開ではない。けど、無邪気にただ懸命に全ての花を開かせようとしている。
あんな風になりたい。
子供の時は、大人を見てあんな風になりたいと思っていたのに、
今は子供のような桜の木を見てあんな風になりたいと思っている。
何だか不思議な気分だった。
もしかしたら、あの頃に戻れるかもしれない。
俺は水に顔を突っ込んでみた。
顔に冷たい水が当たった。気持ちが良かった。
目を少し開けてみた。小さな石ころが転がっていた。
横へ視線を変えてみた。まだ遊んでいる子供の足が見えた。
そして、息が苦しくなったので水から顔を出した。
水面には、大人びた俺の顔がうつっていた。
近くにいた人が俺を軽蔑の目で見た。
近くで同じように遊んでいる子供には、優しい目を送っているのに。
その時俺はやっと気付いた。
俺はもうあの頃には戻れないんだ。
分かっていた筈なのに、淡い期待を抱いていた俺は涙が溢れてきた。
嗚咽も漏れた。何だか声を出して泣いてしまった。
周りの事なんか気にならなかった。もうそんなちっぽけなこと、どうでもよかった。
ただ今は夕日に抱かれて、泣いていたかった。
夕日はいつまでも俺を照らしていた。
桜もまた俺を優しく見守ってくれていた。
俺はその時、『幼いあの頃』を卒業したんだと思う。

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